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おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第49回


















おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第49回

12月10日日曜日の放送にて...。


サブタイトル「本能寺が変」のごとく...。

いよいよ、あの"運命の時"が...。


はじまりは、1582(天正10)年5月15日のこと...。

家康(阿部サダヲ)はわずかながらの小姓衆などを伴って、駿河国加増の礼と甲州征伐の戦勝祝いのため、近江・安土城の信長(市川海老蔵)への拝謁となって...。


一方の直虎(柴咲コウ)は、常慶(和田正人)からの密書を携えて、京にて茶屋四郎次郎との対面と、今後の対応の話し合いへ...。

もしも京にて突然の変事の発生の折には、家康一行を無事に三河へたどり着かせるための手筈に関してだった。


手際良く終えた急ぎ足で、そのまま直虎は堺へ向かって、中村屋当主・中村与太夫(本田博太郎)と龍雲党頭目・龍雲丸(柳楽優弥)との再会を果たす。

旧交を温めるも束の間、三河への海路の確認と廻船の手配そして整備へと進めることになった。


祝宴を終えて5月29日、信長は中国遠征の出兵準備のために100人ほどの手勢を率いて上洛し、兵站を兼ねた本能寺に逗留することになって...。

家康の一行は堺の遊覧へ向かった。


6月1日、信長からの使者が、堺にて家康一行と対面し、促されるように京に向かうことになって...。


そして、運命の1582(天正10)年6月2日...。

唐突に常慶が馳せ参じるなり、明智光秀(光石研)の謀反による信長の横死という火急の報せが...。

世に言う"本能寺の変"だった。


急転直下に突き落とされるかのような四面楚歌の危機的状況を痛感する家康は、信長の後を追わんとするかのような、かなりの狼狽ぶり。

それでも、忠勝(高嶋政宏)が強く思いとどまらせた甲斐あって、気を持ち直した家康は、伊賀越えを決断して急ぎ出立。 途上における絶体絶命の危機に時折晒されながらも、直虎と茶屋四郎次郎との陰ながらの手回しも幸いして、三河への帰還を果たすことになった。



ついに来るべき時が来てしまったか...。


だからこそ、気になってしまった。

もしも、いわゆる"織田政権"が、より長く続くことになったら、どのような世になっていたのだろうか、を...。

南蛮との交易はこれまで以上にまでより活発になって、日本は"黄金の島"としての注目のさらなる高まり...。

そして、織田信長は"KING OF JIPANG"となって、あらゆる意味において、末永く脚光を浴びていたのかもしれない???



改めて注目したくなった。

かの拠点となった、安土城を...。


場所は、日本の中央拠点であった京に近い東隣で琵琶湖東岸の安土山、現在の滋賀県近江八幡市安土町下豊浦...。


琵琶湖の水運も多く利用できることに加えて、北陸街道から京への要衝の位置にあったことから、「越前・加賀の一向一揆に備えるため」とか「上杉謙信への警戒のため」とかの推察の高まる中での、1576(天正4)年1月から信長自身の指揮の下での築城が始まって、完成したのは1579(天正7)年。

五層七重の豪華絢爛な城だったとのこと。

ただ、本丸御殿は、天皇を迎えるための施設だったという推察あってか、大手門からの道が幅6mと広く、約180mも直線が続いており、また籠城用の井戸や武者走り・石落としといった設備も著しく少ないとのことで...。


完成から約3年後...。

"本能寺の変"が発生して...。

早々からの大混乱の最中、先の城の防御策の乏しさも禍してなのか、あっけなく消失してしまって...。


まずは、2004(平成16)年2月1日日曜日発売の『シリーズ「遺跡を学ぶ」 天下布武の城 安土城』(木戸雅寿/新泉社)から...。

当時の近年の考古学的発掘調査による通説での多くの誤りと歴史的意義に改めて目を通しながら...。


加えて、2009(平成21)年4月1日水曜日からシーズン1の放送の始まって、2015(平成27)年1月1日木曜日のシーズン6・特別回まで続いた、NHKドキュメンタリー・ドラマ風歴史教養番組『タイムスクープハンター』...。

中でも合い間に公開となった、2013(平成25)年8月31日土曜日からの映画『劇場版 タイムスクープハンター -安土城 最後の1日-』も...。

時空ジャーナリスト・沢嶋雄一(要潤)による"本能寺の変"直後の大混乱の京にて右往左往する庶民たちの取材を続けるうちに、焼失寸前の安土城にたどり着くことになってしまってからの波瀾万丈が...。


かの【デラックス版 安土城 プラモデル】の五層七重の豪華絢爛さを見つめながらも...。


滋賀県野洲市乙窪にて、1877(明治10)年創業の「京・近江ほっこり茶屋」こと『南製茶』からの【滋賀県 子持ち鮒寿司 2匹化粧箱入り[(約400g前後・飯含む)×2本] 琵琶湖の名産鮒ずし 産地から直送】または【滋賀県 子持ち鮒寿司(約400g前後)×1本 琵琶湖の名産鮒ずし 産地から直送】は、もちろんのこと...。


かの本能寺の京都府京都市中京区下本能寺前町近くにある、新京極三条下の"新京極通り"での、『京のでっちようかん 西谷堂』からの【京都の老舗和菓子店がつくる「ぐーどすえ金つば」 35g×12個竹籠入り (ギフト仕様) (ご自宅用)】も...。


それぞれをじっくりと味わってみて...。


お口直しには、宮城県多賀城市桜木の『くすりのポニー』からの【京野菜入り 宇治抹茶青汁 30スティック】が...。

青汁でありながらも、抹茶の香りと美味しさの勝ってるのが、嬉しいもので...。



とにかく、想いを馳せてみようっと。


織田信長の安土城における約3年間そのものを...。

山頂の天主に信長が起居し、その家族も本丸付近で生活し、山腹あるいは城下の屋敷に家臣たちが居住していたとされる日々そのものを...。

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2017-11-10 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第48回


















おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第48回

12月2日日曜日の放送にて...。


サブタイトル「信長、浜松来たいってよ」といい、いよいよ徳川家が、波乱に翻弄されながらも武功を挙げ続けたことで、ようやく一目置かれ始める流れになるんだろうか...。


ゆくゆくは井伊家も...。

いや、それはまだまだ遠い話なんだろうなあ。


それは、1582(天正10)年2月のこと、信長(市川海老蔵)が家康(阿部サダヲ)とともに武田領へ本格的に侵攻を開始してからで...。

世に言う"甲州征伐"だった。

織田軍の信濃方面からの侵攻に呼応して徳川軍も駿河方面から侵攻し、武田軍の蘆田信蕃(依田信蕃)の田中城を成瀬正一らの説得により大久保忠世が引き取り、さらに甲斐南部の河内領・駿河江尻領主の穴山信君(梅雪)を調略によって離反させるなどして駿河領を確保することになって...。

武田勝頼(奥野瑛太)率いる一行は、3月11日に自害して、武田家は終焉となった。


かの戦での手柄を挙げて駿河国を与えられることとなった家康は、直ちに駿府における信長の接待のため、莫大な私財を投じて街道を整備して、宿館を造営することになって...。

甲斐の仕置をを終えて中道往還を過ぎる途上で、駿府に到着した信長は、この接待をことのほか喜んで、家康を労うことになった。


前後するかのように、井伊谷では直虎(柴咲コウ)が、偶然にも井戸端にて身なりのしっかりした幼な子に出くわすことになって...。

直ちに龍潭寺に連れてゆくことになって、そのままこれまでの経緯を尋ねようとした直虎だったが、かの幼な子は頑ななまま...。


一方の今川氏真(尾上松也)の元には、織田家重臣・明智光秀(光石研)が訪ねており...。

光秀が打ち明けるには、つい先ほど龍潭寺の井戸端にて、かの幼な子すなわち五男・自然(じねん)を置き去りにするしかなかったとのことで、何か思い詰めているかのよう...。



いよいよ明智光秀の登場か...。


この時期の登場ともなれば、信長から先の駿府での御礼のために、5月に安土城での家康のもてなしにあたっての馳走役を任される時...。

のちに聞くところでは、そのままの流れで、かの中国遠征を前にして、中国2国(出雲国・石見国)は攻め取った分だけ、そのまま光秀の領地にしてもいい代わりに、滋賀郡(近江坂本)・丹波国は召し上げにする、と伝えられたとか...。

かの比叡山延暦寺の焼き討ちといい、長島一向一揆の焼き討ちといい、先の信康事件といい...。

前後して、家中では以前の謀反の企てや敵との内通の疑いを口実とする古参の重臣たちが、相次いで追放されることになって...。

一連の恐怖の積み重なりとあって、もしも信長に報いる働きがなければ、絶体絶命のどん底に突き落とされるのでは、とも激しく思い詰めていたのかなあ。



改めて明智光秀を振り返ってみて...。


聞くところ、有力とされるは、1528(享禄元)年の生まれで、清和源氏(摂津源氏)の家系であり、美濃源氏土岐氏支流である明智氏の出自として、室町幕府に直接仕える奉公衆を務めたとのことで...。

代々可児郡長山の明智城に拠ったとされており、戦国時代に斎藤道三が土岐氏を下剋上で降し美濃国を掌握すると、いち早くその傘下に入って生き残りを図ることに成功したという。

しかし、しばしの時を経て発生した道三・義龍父子の内紛で、道三に味方したため、一族が攻め滅ぼされてしまって...。

それでも、辛うじて落ち延びる日々の果てに、越前国の朝倉義景の元にたどり着くことになって、およそ10年間も仕えることとなって、頭角を現わすまでに...。


そしていよいよ、室町幕府第15代将軍・足利義昭と織田信長との引き合わせのための水面下での働きかけが幸いして、ついに信長の重臣となったものの...。


かの信長による一連の苛烈な仕打ちは、ますます強まるばかりになって...。


当の本人として、直に耳にし続けているだけに、漫然とした恐怖が高まりつつあったのかなあ。


その恐怖を打ち消すかのように、自国の領地においては善政を行ったとされ、現代まで秘かに受け継がれることになる光秀公正辰祭や御霊神社のように、光秀を祭神として忌日に祭事を伝える地域もあるという。



かの領地である美濃国可児郡明智庄...。

現在の岐阜県恵那市明智町か...。



かの光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫・明智憲三郎氏執筆の2013(平成25)年12月3日火曜日発売の『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社)に、目を通してみるのは、もちろんのこと...。

中でも、2014(平成26)年6月23日月曜日発見当時の新史料による解釈、なかなかのもので...。

特に、織田廟宗家13世・織田信和氏が述懐するには、ズバリこれが真実であろうと。生き生きとした信長・光秀の姿に触れたために、長年の胸のつかえがとれた思いでいっぱいになったのが、何よりかなあ。



原点として有力視される美濃国可児郡明智庄...。

現在の岐阜県恵那市明智町にて...。


『マルコ醸造』からは、【恵那市ふるさと詰合せ マルコ醸造株式会社 岐阜県 明治31年創業 天然醸造・手作りにこだわる百年伝承味噌の老舗】や【恵那市ふるさと詰合せ マルコ醸造株式会社 岐阜県 明治31年創業 老舗味噌醤油醸造元がお届けする手作りの漬物のセット】が...。


たくさんの棚田があることでも有名な地域である「坂折の棚田」のみならず、「東野ほたる祭り」や「飯羽間ホタルまつり」などの水の綺麗な里に棲む蛍の多く育つ清流いっぱいの恵みを受けての、恵那のこしひかりを産み出す「みんだ農場」からは...。

岐阜県恵那産特別栽培米・1等米(減農薬)の 【米農家直送 岐阜県恵那産 特別栽培米 コシヒカリ 30kg (玄米)】や【米農家直送 岐阜県恵那産 特別栽培米 コシヒカリ 27kg (白米)】が...。


いくらか離れた中野方町の「巴庵」からも、忘れられない味わいが...。

【よもぎ大福 100個(10個×10袋) 産地直送】の、米粉と天然よもぎによる生地に包んだ甘さ控えめのつぶ餡...。

そして、【草だんご 100本(10本×10袋) 産地直送】の、よもぎ入りのモチモチとした食感...。


最後に、決して忘れてはならないが、京都府京丹後市網野町木津の「長寿商店」からの【京都抹茶水饅頭 ガラシャの涙 6個入】...。

悲しみ深いだけに、やさしくなりたいのかもしれないや。


じっくりと噛みしめながらも、これらすべてに想いを馳せてみようっと。

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2017-11-01 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第47回










おんな城主 直虎 NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第47回

11月26日日曜日の放送にて...。


サブタイトル「決戦は高天原」で、いよいよ...。

現代ならば、某有名グループの大ヒット曲のような臨場感と喜びの高まりとなるんだろうけど...。


戦国乱世ならではの、"表"と"裏"、"動"と"静"、それぞれの対比を、否応なしに鮮明に目の当たりにさせられそうで...。


それは、1579(天正7)年のこと、8月29日の瀬名(菜々緒)の非業の死、9月15日の信康(平埜生成)の涙の切腹、といった悲劇が相次ぐ中で...。

家康(阿部サダヲ)は、岡崎城に入っても悲しみ深すぎて...。

家臣をすべて集めると、悲しみながらも自身の不甲斐なさを詫びることになって...。

それでも、ねぎらいとともに先の戦での雪辱を晴らそうと、武田家からの駿河の多くを取り返すことを誓って、一同を感動させて一致団結、出陣の運びとなった。


それは、1574(天正2)年5月の戦から、およそ6年の歳月を経てのこと...。

そう、1580(天正8)年10月、第二次高天神城の戦いだった。


徳川家家臣・本多忠勝(嶋政宏)の怒涛の戦ぶりによる活躍の目立つ中にあって、万千代(菅田将暉)も怒涛の戦ぶりで念願の武功を挙げることになった。


一方の井伊谷では、穏やかなひとときの流れる中...。

直虎(柴咲コウ)は、「戦のない世をつくり出す」ことを新たなる目標として、動き始めたものの...。

ただ家の平穏を乱されたくなく殻に籠りがちな者や、戦にかこつけて一儲けを企もうとする者など、入り乱れているだけあって、遠い道のりであることを肌で感じるしかなかった。



互いに相手と命をかけてぶつかり合う戦と、相手に同意を促すための戦か...。

それぞれの違いを強く目の当たりにさせられることになるんだろうなあ。


かの"高天神城の戦い"が、繰り広げられたのは、遠江国城東郡土方で、現在の静岡県掛川市上土方・下土方あたりか...。


じっくりと味わってみるか...。


静岡県掛川市大渕の『おいもや』からの、【紅はるか 焼き芋 10本】と【紅はるか 焼き芋 5本】のみならず...。


静岡県静岡市葵区の『紅光』からの、【静岡産 赤堀さんの手づくり 干し芋 150g×12袋入りセット】と【静岡産 赤堀さんの手づくり 干し芋 150g×2袋セット】も...。


そして、静岡県掛川市大野の『大塚製茶』からの【ふるさと納税 世界農業遺産 茶草場農法 掛川深蒸し茶 葉織】も、時にはじっくりと嗜みながらも...。


「腹が減っては戦ができぬ」の気持ちとともに...。

本来の泰平について考えながら...。

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2017-10-30 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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