花燃ゆ NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第20回 - けものみちをあるく

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花燃ゆ NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第20回



汕頭(スワトー)刺繍ハンカチ

汕頭(スワトー)刺繍ハンカチ
価格:3,240円(税込、送料別)






花燃ゆ NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第20回

5月17日日曜日放送の第20回で、後年語り継がれることになる、他藩から映りがちの長州藩の独自の覚悟が決まるということになるのかもしれない。


1862(文久2)年4月、薩摩藩国父・島津久光が兵を率いて上洛。

薩摩藩と一橋慶喜と越前藩主・松平春嶽による公武合体派の影響力の強い朝廷においても、志士たちの尊王攘夷の気運の高まりの中においても、長州藩の航海遠略策は海外との交易を認める穏健な内容ゆえに、影の薄くなりつつあって...。


その時勢にありながらも、京の藩邸における御前会議にて、周布政之助(石丸幹二)が藩主・毛利敬親(北大路欣也)に破約攘夷への藩論転換の旨を主張。

当然、この時の藩論である航海遠略策を重視する長井雅楽(羽場裕一)は猛反対。

逆に伊之助(大沢たかお)は、悠長ななりゆきで国も御公儀も毛利家もなくなってしまったら、元も子もないと主張。 さらに、この時謹慎中の久坂玄瑞(東出昌大)の記して志士の間でも愛読されつつある『廻瀾條議』と『解腕痴言』と題した時勢論を、敬親に上提。

結局、政之助と伊之助の進言が決め手となって、藩論は航海遠略策から完全に破約攘夷に変更。 玄瑞の謹慎も解かれることに。


その知らせは瞬く間に届いて、杉家を安堵させた。

折しも、上海視察を終えた直後の高杉晋作(高良健吾)が土産を渡したいとの妻・雅(黒島結菜)からの知らせで、文(井上真央)と弟・敏三郎(森永悠希)は、数年ぶりに高杉家へ招かれることに。

晋作は招き入れた部屋の床に、上海からの土産を披露。

まず、敏三郎には西洋の筆を与えた後、文にはスワトウ刺繍のハンケチーフを、雅には同じく刺繍の施された西洋の品のいい手提げを、それぞれ与えて、汕頭(スワトウ)の女性たちによる伝統的な手工芸を異人たちの愛用品に施したことで改めて注目されることになった、スワトウ刺繍の成り立ちを紹介。

ただ、雅としては、夫を守るためとして、短筒(現代でいう拳銃)を欲しがっており...。

しかし、晋作は気にかけることなく自身の懐にしまうだけだった。

そこへ、 軍艦一隻買い取りの値の記された勘定書を手に、藩を潰す気かと、父・小忠太(北見敏之)が怒鳴り込んできた。

気まずさを察した文と敏三郎の後を追うように、晋作はそのまま高杉家を出ると、玄瑞への言伝を頼まれた文に雅を託して、藩主・敬親のいる京へ向けて、急ぎ足で出立する。


それから日は流れて、文は亡き寅次郎の部屋で汕頭の歴史を改めて調べ始めた。

そこへ、ふさ(小島藤子)が訪ねるなり、兄・吉田稔麿(瀬戸康史)が京にて無事であることを、喜びながら伝えることに。

さらなる喜びに杉家は沸き立つが、梅太郎(原田泰造)の妻・亀(久保田磨希)だけは、内職の手伝いをしている雅に釈然としない思いの残るだけ。

雅曰く、晋作がいなくなって以来、小忠太からの小言が多くなっていたたまれないとのことで、杉家で内職をしている時だけが気分転換になるとのことらしい。

そこへ久米次郎の手を引いて血相を変えた寿(優香)が、長男・篤太郎(外川燎)を探しに訪ねて来て...。

察した文が幽囚室へ寿を導くと、書物を手にしていた篤太郎が...。

寿は篤太郎に、どうして明倫館を無断で休むのかと、厳しく叱責。

しかも、篤太郎が「学を言うは志を主とする」という寅次郎の教えを口にしたために、寿の表情がより険しくなって...。

寅次郎の教えとわが子を心配する母・寿の想いを深く理解する文は、篤太郎を明くる日に戻す約束で、一晩預りたいと寿に願い出る。

寿が安堵して杉家を去ってほどなく、文は松下村塾にまつわる書物を篤太郎に貸すことに。


ほぼ同じ頃、晋作は京の藩邸到着して、敬親と対面。 上海の実情の報告の上で、長州一藩だけでも立ち上がって意志表示すべきと、強く主張する。

それから間もなく、料理屋にて政之助と晋作と玄瑞と稔麿が会食。

玄瑞は、藩主・敬親に言い過ぎなのではととがめるも、晋作は引かない構え。

晋作の話は、あの1840(天保11)年8月からの英国艦隊砲撃に端を発して、1842(天保13)年8月29日の南京条約調印に至った第一次阿片戦争後の、異人たちによる上海の人たちへの非人道ぶりを語るだけにはとどまらなかった。

1851(嘉永4)年以来、洪秀全を天王としキリスト教の信仰を紐帯とした組織・太平天国による大規模な武装蜂起"太平天国の乱"の続いていることだけが、上海の人たちにとっての唯一の救いに近いと語る晋作の目と話しぶりには、悔しさが満ち溢れていて...。

それでも玄瑞は、同志団結して藩を動かし正々堂々たる攘夷を実行すべしと主張するも、逆に晋作からは、そのありきたりなやり方が亀太郎(内野謙太)を殺したと、強く非難されるだけだった。

いたたまれなくなった玄瑞は、ひとり廊下に出るなり柱に怒りをぶつけるも、涙が止まらない。

そこへ、通りすがりの芸妓と遭遇、一瞬目の合った玄瑞は気に留めなかったものの、芸妓は違った。

というも、その日の相手となる男から、土佐の志士と関わりのある長州の久坂玄瑞と聞かされた芸妓・辰路(鈴木杏)は、なぜか目を輝かせることになって...。


一方、京の藩邸では、敬親と伊之助(大沢たかお)が話し合いへ。

敬親は、誰もが日本国に長州に想いを馳せるのに、どうしてこんなに隔たりがあるのかと嘆くだけだった。

それでも伊之助は、異国の言いなりで結んだ条約に民は苦しめられているゆえ破約攘夷を実現すべしと助言。

敬親は、長府と徳山と清末と岩国の4つの支藩の説き伏せを、伊之助に命じることになった。


さらに数日を経て、畑仕事から戻ってきた文の元に、雅が訪ねて来た。

晋作からの文に藩主・敬親が寅次郎の言葉を聞きたいとの件の記されていることに感激したとのことで、すぐに晋作に寅次郎の書物を明倫館に認めさせるよう働きかけると、心が高まっていて...。

杉家の皆は、吉田家再興の好機と喜びに沸き立った。

しかし文だけは、藩主からの命よりも篤太郎のような自ら学びたい子どもたちを増やししたい想いと、雅の高飛車なやり方に釈然としない不満が、ないまぜになっており...。

それでも、母・滝(檀ふみ)からの、寅次郎のためを想う気持ちの嬉しさを受け止めた方がいいとする慰めや、雅の好きなヘチマの水の減り具合のひどさの不満な口ぶりから、文は少しずつ笑顔を取り戻す。


一方、京の料理屋では、玄瑞と稔麿と前原一誠(佐藤隆太)が、朝廷の尊皇攘夷派の公家・三条実美(上杉祥三)を迎え入れていた。

同じく尊攘派で内大臣を務めた父・実万が、安政の大獄で排除の上病死した経緯から、攘夷実行の勅使にふさわしいとみなした上での会食とあって、玄瑞は心して料理を勧めるも、実美はなかなか箸をつけようとしない。

そこへ、かねてから目配りしていたかのように、芸舞・辰路が入ってきた。

思わぬ再会に玄瑞は驚くも、実美の口の中にはおできのあることを伝える辰路の気遣いを察するなり、梅干しと茄子を注文する。

玄瑞は、自身が"医者坊主"と揶揄された経緯を自嘲気味に伝えながらも、実美にうがいをさせて黒焼きの梅干しと茄子のヘタをおできに貼りつけて...。

すると実美は、快く料理を口に運べるようになって、会食が快く進んだ。

それを後押しするかのように、辰路が三味線を披露。

玄瑞たちは、幕府に攘夷実行を働きかける朝廷の勅使としての実美の一行に同行することとなった。

会食の終わった廊下の片隅で、玄瑞は辰路に礼を伝える。

辰路は、桂小五郎(東山紀之)に尽くす芸妓・幾松のように、ぜひ尽くしたいのが夢と告白。

玄瑞は、常に信じて待つ妻・文の存在から当惑しつつも、亡き寅次郎の夢を実現させる足掛かりになれることと、自身への陰ながらの支えの嬉しかったことを伝えた。

ただ、この時の玄瑞は、辰路が公武合体派の薩摩藩士と通じていることを、まだ知らないまま...。


10月、攘夷実行を促す勅使となった三条実美・姉小路公知一行とともに、玄瑞たちは江戸に下り、幕府に攘夷の実行を迫る。 時の第14代将軍・徳川家茂からは、翌年上京し返答するとの勅旨を受け取ることとなった。


前後して伊之助は、破約攘夷受け入れのため、岩国藩に出向いて藩主・吉川経幹(寺十吾)と対面。

ところが、椋梨藤太(内藤剛志)がすでに先回りしていた。

藤太から牽制される重苦しさを実感しつつも、伊之助は主張した。

1600(慶長5)年の天下分け目の関ヶ原の合戦において、幕府初代将軍となる東軍総大将・徳川家康に内応した勇猛果敢な戦国大名の吉川元治三男・広家を裏切り者とみなす西軍総大将の毛利家からの冷遇に甘んぜざるを得なくなった経緯を語った上で、破約攘夷受け入れと引き換えに藩主・敬親からの家格引き上げを確約することを...。

結局のところ、岩国藩では同意。 それでも、支藩で有力な長府藩は藤太の息のかかっているゆえに、容易ではなかった。


三田尻の仮住まいにて、伊之助は実兄・松島剛蔵(津田寛治)とともに、酒を酌み交わして思うことを語り合う。

悔しさをにじませる伊之助は、幼少の頃にケンカに負けた自分のために仕返ししてくれた剛蔵への憧れを語った。

この時まで洋学所で海軍総督と祭り上げられている息苦しさいっぱいの剛蔵は、藩命で出向くことになった江戸で大暴れさえすれば、必ず時は来ると励ます。

一夜明けて、志を果たすことを伊之助と誓い合った剛蔵は、江戸へ出立。


一方、伊之助の長男・篤太郎は、友人・栄之進を連れて松下村塾を訪ねる。

ともに「講孟余話」を写本しながら学ぶ姿が、子どもたちに広まるかのように、一人一人増えつつあった。

おにぎりをつくる文の忙しさを手伝おうと、ふさとすみ(宮ア香蓮)も加わって、塾は少しずつ賑わってゆく。

さらに、琴の教授を終えた雅も訪ねてきて...。

雅は、晋作のいる江戸に行きたいと、文に打ち明けた。

文は上海土産のスワトウ刺繍の異人から求めの高まりを引き合いに出して、塾生不在の松下村塾を守るためにも、「村塾の双璧」と讃えられた晋作と玄瑞それぞれの妻が先頭に立てば、ともに夫に尽くせるとともに、これからの長州藩の子どもたちに教えを広められると、雅に伝える。

雅は萩に留まることを決意して、文と分かち合った。


伊之助は、文と雅の明るさと子どもたちの輝く表情を陰ながら見届けて、意を決して長府藩に出向いた。

そして、方々の藩士たちを集めての語りかけを試みる。

幸いこの頃には、すでに将軍・家茂上京の旨の広まっていたことあって、長府藩は破約攘夷を受け入れに時間はかからなかった。

後日、伊之助は藩邸大広間にて、敬親に報告。 褒美を尋ねられると、吉田家再興を願い出る。

吉田家再興の知らせは瞬く間に杉家を賑わせることとなった。

文は一人幽囚室へ入り、肖像画とともに飾られている寅次郎の遺品の小太刀と硯とボタオを前に、涙ながらに報告した。

文には松下村塾の再開が心待ちだった。


一方、塾生の集結した江戸では、引き上げた勅使一行と入れ違いで、剛蔵が到着。

しかし、今すぐ異人を斬るべしとする晋作と、順序を経ての攘夷実行を第一とする玄瑞との反目が、相変わらず続いていて...。

そこへ、井上聞多(のちの井上馨)[石井正則]が資金集めを終えて戻ってきた。

聞多と歩調を合わせるかのように、伊藤利助(劇団ひとり)が反目する二人を取り成すと、大工に尽くすなじみの女から仕入れた普請中の英国公使館の図面を広げて、焼き討ちを持ちかける。

玄瑞は当初ためらうも、「お前なしでできるか」とする晋作に引きずられるかのように、塾生とともに行動に移る。


1862(文久2)年12月12日、江戸・品川の御殿山に普請中の英国公使館は、焼き討ちされた。

この時、隊長は高杉晋作、副将は久坂玄瑞、火付け役は井上聞多と伊藤利助と寺島忠三郎(鈴木伸之)、護衛役は松島剛蔵と品川弥二郎(音尾琢真)と堀真五郎、斬捨役は赤根武人(阿部亮平)と白井小助ら。

これがいかなる展開をもたらすことになるのか、まだ誰も知らない。



1985(昭和60)年3月発売の『実録アヘン戦争』(陳舜臣/中公文庫)と、2014(平成26)年1月発売の『アヘン戦争の起源 黄爵滋と彼のネットワーク』(新村容子/汲古書院)、改めて目を通してみると、奥深いだろうなあ。

それゆえに、大陸に真近な長州藩の危機は計り知れないものになって、やや急進的(?)になりがちな攘夷運動が展開されることに...。


もちろん、現在の中国にまつわる問題として、何をもたらす結果となってしまったのか、という点においても気になってしまうものが...。



それでも、「災い転じて福となす」(?)の心でつくり上げた、【汕頭(スワトウ)刺繍テーブルクロス】と【汕頭(スワトウ)刺繍ハンカチ】、素晴らしい仕上がり。

テーブルクロスもハンカチも、全面に刺繍とドローンワークで柄が描かれており、四隅には一針一針丁寧で立体感のある刺繍が施されて、とても華やかに。


平和に暮らせる人たちの願いを込めて、永遠に継がれてほしい宝物でありますように。

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2015-04-07 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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