西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第25回 - けものみちをあるく

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西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第25回










西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第25回

7月1日日曜日の放送からは...。

いよいよ新たなる出発の物語のはじまりへ...。


サブタイトル「生かされた命」そのもののように...。


それは、すっかりと気を失ってしまって死の淵を彷徨っていた吉之助(鈴木亮平)が、意外にも奇跡的に助かったことからで...。

そう、薩摩に背いてでも決して死なせないと、政照(斎藤嘉樹)たちが吉之助を牢から出して、島の名家である・土持家の奥の間での療養と養生あって、少しずつ持ち直したためだった。


ふと庭から姿を現わした雪篷(石橋蓮司)が目に入るなり、吉之助は朧げながらも水を飲ませてくれたことを思い出して何気に尋ねたところ、目の前で死なれるのが迷惑なだけだったと素っ気ない。 そして、流された理由を尋ねる吉之助に、久光の本を売った金で酒を買ったのがバレたと薄ら笑いをうかべるだけ...。

政照の母・鶴(大島蓉子)が打ち明けるには、かつて書家であった雪篷は、かの"お由羅騒動"において、いわれのない罪で流されたらしいとのこと。 いつか友が必ず呼び戻してくれると信じ続けるも、およそ10年過ぎてもいまだに戻されることもなく、薩摩からの文も届かなくなって、飲んだくれになってしまったという。

このやりとりを耳にしながら、政照は藩命の記された書状に熱心に目を通す中...。

「あ! 妙案を思いつきもした!」


明くる朝になって、代官・黒葛原源助が、突然土持家になだれ込んで来て...。

庭に建てられた座敷牢を見るなり詰問する源助に、政照は切々と訴える。 藩命には「囲いに召し込み」とあって、牢に入れよとも、どんな囲いにせよとも、記されていないとして...。

「遠島は罪人を死なせる罪ではありもはん! どうかお目こぼしを!」

ひれ伏して頼み込む政照に根負けした源助は、受け入れることになった。


こうして回復することになった吉之助は、世話になってばかりでは申し訳ないとして、島役人と子どもたちに加えて、ヤンチュの子どもたちにも、学問を教えたいと申し出る。

初めこそは遠慮がちなヤンチュの子どもたちだったが、吉之助から温かく背中を押されて、役人の子もヤンチュの子も皆同じと優しく伝えて、学問に取り組むとともに無邪気に戯れるひとときへ...。


しかしながら、吉之助のゆったりとした島暮らしとは裏腹に...。

1862(文久2)年8月21日、江戸からの帰途での久光(青木崇高)一行の大名行列を遮ったイギリス人・チャーノルド・レノックス・リチャードソンを無礼討ちするという、世に言う"生麦事件"が...。

イギリスからからの30万両という多額の賠償要求を、久光嫌いの慶喜(松田翔太)が、薩摩の勝手にしでかしたことと将軍・家茂への進言あっての薩摩への押し付け、しびれを切らせたイギリスが艦隊を差し向けて、明くる年1863(文久3)年7月2日より"薩英戦争"がはじまって...。

「エゲレスの言いなりになってはなりませぬ。 薩摩の兵は日の本一でございます」

一蔵(瑛太)から久光への進言が、強く後押しすることになった。

一蔵はじめ誠忠組を快く思わない中山尚之助(天野義久)と堀次郎(鬼塚俊秀)は咄嗟に止めるも、久光は二人を厳しく叱りつけて、一蔵を薩摩隼人と褒め称える。

直ちに一蔵は、リチャードソンを斬りつけた奈良原喜八郎(明石鉄平)と止めを刺した海江田正次(高橋光臣)の元へ駆けつけて、責めを負っての自害を止めに入るや、今こそ薩摩が一つとなる時だと思いとどまらせて強く励ます。 すぐ舞い戻るなり、兵は一人でも多い方がいいと久光へ取り成した甲斐あって、二人は許されることになって...。

喜八郎と正次は一蔵へのわだかまりがなくなっていった。


この前後における沖永良部島では、雪篷が漁船を盗んで島抜けを計ろうとしていた。

知るなり咄嗟に止めに入った吉之助は、イギリスとの戦になる前に薩摩を止めなければ、犠牲になるのは民だと叫ぶ姿に、同じく亡き斉彬(渡辺謙)から薫陶を受けた一人としての雪篷だけに、他人事には思えなくて...。

二人の同じ想いも虚しく、源助により座敷牢へ押し込められてしまったものの...。

イギリスの艦隊の通り道であることに怯える島民たちを守りたい気持ちの高ぶったまま、吉之助と雪篷は秘かに抜け出して、見晴らしの良き高台での見張りのために土塁をつくりはじめた。

政照も駆けつける一方で源助が見て見ぬふりの中、吉之助を慕うヤンチュと島役人それぞれの子どもたちも、そして島民たちも駆けつけて、温かみにあふれたひとときになって...。


結局のところ、薩摩がイギリスの上陸を許さずに追い返す形で、戦はわずか2日で終わりとなった。

およそ半年も過ぎた1864(元治元)年2月、一蔵はじめ誠忠組のたちの尽力の甲斐あって、吉之助の赦免が決まった。


この1年余の沖永良部島にて、雪篷は吉之助に書と漢詩を教えて、ともに時世を語り合うまでの間柄になっており...。

言いようのない寂しさの昂ぶった明くる日に、雪篷は崖の上から大きな布を振って、浜を離れる吉之助と弟・信吾(錦戸亮)の乗る小舟を見送って叫んだ。

「西郷ど〜ん!! 西郷ど〜ん!!」


蒸気船へ乗り移った吉之助たちは、喜界島で新八(堀井新太)を乗せた後、信吾のはからいで奄美大島へ立ち寄って...。

吉之助は再び愛加那(二階堂ふみ)と子どもたちと逢うことになった。

吉之助がもう二度と戻らないことは、愛加那も解かっており...。

吉之助は許してくれと謝って、愛加那はハジキの入った自分の手を胸に置いて、最後の別れを惜しんで...。

そして、互いの立場を想いながらも、離れ離れとなっていった。



ふと思い出してしまった。


あの1998(平成10)年より発売の『生麦事件』(吉村昭/新潮社)での一連の流れを...。

今回はそのままなぞってゆくかのような印象かなあ。


そして、東京都杉並区天沼の「カリフォルニアワインあとりえ」からの【パラダイスリッジ シャルドネ "カナエ・ザ・グレープキング" ロシアンリヴァーヴァレー (Paradise Ridge Chardonnay KANAYE The Grape King Russian River Valley Sonoma County) 750ml】といえば...。

あの"薩英戦争"から2年後の1865(慶応元)年から、英国へ渡った使節団19名のうち1人・長澤鼎(ながさわかなえ)の熱い想いが、そのまま息づいており...。


決して忘れない。

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2018-06-10 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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