西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第26回 - けものみちをあるく

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西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第26回






西郷どん NHK 大河ドラマ あらすじ ネタバレ 第26回

7月15日日曜日の放送にて...。


サブタイトルのごとく、いよいよ「西郷、京へ」再び、ということに...。


先の奄美大島での日々を加えれば、およそ4年半の島暮らしを終えての吉之助(鈴木亮平)は、ようやく薩摩へ帰ってくるなり、正しく身なりを整えると、藩主・島津茂久への拝謁のために、鶴丸城へ上がって...。

茂久は、父・久光(青木崇高)からの吉之助を薩摩に留めよとの厳命に背いた一蔵(瑛太)からの要請を重く受け入れて、久光と一蔵のいる京へ上るよう命を下すことになった。


先の吉之助の遠島の処分に及んで、西郷家は知行地と家財を没収されて、隣町の小さな借家への引っ越しとなってから、祖母・きみ(水野久美)は急に先立ってしまって...。

弟・吉二郎(渡部豪太)は家長の代わりとして家をよく守って、妹たちは嫁に行き、18歳となった末の弟・小兵衛(上川周作)は役目を貰うまでに成長して...。

そして、熊吉(塚地武雅)は変わることなく元気のまま...。


そこへ、格之助(北村有起哉)らが、「帰還祝いじゃ!」と酒を抱え込んで駆けつけて、祝宴となる中でのこと...。

仲間たちが賑やかに語り合う中で、吉之助は世の情勢が大きく変わったと突き付けられる。

先の"薩英戦争"が終わるや、久光の側近中の側近だった中山尚之助(天野義久)が役を解かれて、一蔵がより重用されるようになったこと。

かの1863(文久3)年8月18日には、帝を京から連れ出そうとした長州と攘夷派の公家を、薩摩と会津が追い払った"八月十八日の政変"が...。

以後、長州からは、薩摩を"薩賊"として、会津を"会奸"として、憎悪を燻らせているらしく...。


「...殿、見守ってたもんせ」

島から戻ってわずか5日後のこと、吉之助は亡き斉彬(渡辺謙)から授けられた短刀と「Cangoxina」の紙片に誓って懐へ。 自身の天明に従って、民の飢えることのない国へつくり上げるために、一意専心に働くのみとの想いを強くする。

こうして吉之助は、新八(堀井新太)を伴として連れて、京へと出立することに...。

そして、途上での思いがけない糸(黒木華)との再会、互いに懐かしさいっぱいの笑顔に...。

糸が打ち明けるには、かの"薩英戦争"における、嫁ぎ先の海老原家への被害はなく、家族は皆息災という。

「おいが力になるこっがあったら、何でも言うてくいやい」

吉之助は再び歩き始めた。 糸がずっと吉之助の背中を見つめていたことの気づかないまま...。


京に入った吉之助たちは、そのまま鍵屋へ向かって、懐かしい虎(近藤春菜)と再会したものの...。

鍵屋が薩摩藩御用宿との看板を出しているために、泊まる客はほとんどなく、閑古鳥の鳴いたまま。しかも、聞くところ、ほかでは夜中に打ち壊されたり火を点けられたりするところもあるとかで、思った以上の風当たりが...。

やむを得ず、吉之助たちが繁の家へ入ったところ、何と一蔵が宴席の中で、畳を持ち上げて頭の上でぐるぐる回すという芸を魅せて、周囲からの拍手喝采となっており...。

宴の終りと客の引き上げとともに、一蔵は倒れ込んでしまった。

自身の不甲斐なさとともにぐったりとしている一蔵を、吉之助が気遣う中、唐突に「ごめんやす」と、芸妓が入って来て...。

何と以前会った芸妓・おゆう(内田有紀)だった。 吉之助との再会の驚きも束の間、おゆうが一蔵に薬湯を差し出して飲ませる中、吉之助は何気に一蔵とおゆうの親密そうな空気を感じる。


おゆうが下がるや、一蔵は改まって吉之助に訴える。

「吉之助さぁ、おはんを京に呼んだんは、おはんにしかできんこつを頼むためじゃ」

それは、1864(元治元)年1月14日に参預に任命された久光が、皇族の中川宮、将軍後見職の一橋慶喜(松田翔太)、諸大名から福井越前藩主・松平春嶽(津田寛治)、京都守護職を兼ねる会津藩主・松平容保(柏原収史)、宇和島藩主・伊達宗城、土佐藩主後見人・山内容堂とともに、朝廷に召し出された時のこと...。

そう、斉彬以来の念願である、朝廷と幕府と雄藩が力を合わせての新しい政、いわゆる朝廷会議(朝議)が開かれたものの...。

何とその朝議にて、久光と慶喜が激しく対立したという。

何かと意見をしばしば変えることの多い慶喜に、久光は先のイギリスとの戦から敵の国力を否応なしに思い知らされたこともあって、「異国を侮ってはなりませぬ!」と真剣に強く訴えたものの、慶喜からは「芋が焼き芋にならんでよかった!」だの「この芋め!」だのと、罵られてばかり...。

懸命に久光を抑える春嶽たちも、土佐藩参政・後藤象二郎や春嶽の参謀の中根雪江などの供回りの者たちも、皆頭を抱えているらしく...。

ついに久光は、涙いっぱいにためたまま、「やってられん!!! 薩摩に帰る!!!」と出て行ってしまったとか...。

特に、長州からは"薩賊"と広く言いふらされて、孤立するばかりの薩摩であっても、吉之助の名声だけは大きくなっており...。

一蔵は吉之助の手を取って、涙をにじませながら、救ってほしいと頼み込む。


明くる日に、吉之助は一蔵に伴われて、久光に目通りとなったものの...。

「おいは一橋も好かんが、わいはもっと好かん!!! 下がれ!!!」

早々より挨拶を久光から遮られてしまい、一蹴されてしまった吉之助は、一礼して引き下がるしかなく...。

一蔵がもう一度慶喜と会ってほしいと久光に哀願する一方で、吉之助は慶喜のいるであろう若州若狭屋敷を訪ねるも、呆気なく門前払いされてしまって...。

仕方なく鍵屋へ戻ったところ、何とふき(高梨臨)との再会。 互いに懐かしがるも束の間、驚くことにふきは下女を従えての高貴な奥方の装い、何と慶喜に見受けされて側女になったという。

ふきから何が何でも逢いたいとそのまま導かれると、繁の屋にてあの"ヒー様"のままの慶喜との再会となった。


「都は荒れ放題だ。 おれの屋敷も見張られておる」

ようやく吉之助と二人きりになった慶喜が打ち明けるには、誰が敵で誰が味方なのかすら解からない、薩摩は味方とする吉之助からの切なる訴えにも、芋の話は聞きたくない、と。

慶喜は続ける。 あれほどまでに憎んでいた亡き大老・井伊直弼(佐野史郎)は、本当は幕府をより守り抜いたのでは、つぶやいて...。

しかし、吉之助は色を強くなしながらも訴える。 ならばなぜ橋本左内(風間俊介)をはじめとする多くの志士たちの生命が、無残にも散らねばならなかったのか。 幕府が守るべきは、幕府ではなく民であることを。 民の暮らしを守ることを考えてほしいことを。 今こそ手を取り合って天下に号令をかけられるのは、将軍後見職の慶喜しかいないことを。

「西郷。 なんだか似てきやがったな、斉彬殿に」

とうとう慶喜は根負けして、久光との対面を受け入れる。


ところが...。

久光からは何を話しても無駄と吐き捨てられるだけ...。

吉之助には形だけの褒め言葉と諸藩応接係を兼ねた軍賦役という役目を与えた久光は、3月14日に参預を辞して、4月18日に一蔵を連れて薩摩へ帰ってしまった。


吉之助は慶喜に平身低頭して深く詫びるだけだった。

ところが、意外にも慶喜は、笑みを浮かべながら打ち明ける。 久光に謝りたい、と。

慶喜は続ける。 これからも薩摩には幕府とともに働いてもらわねばならぬとした上で、当家の平岡が何者かに殺されたとつぶやいて...。

すでに吉之助にも聞かされていたことで、駕籠に乗って屋敷から出たところを、数人の浪人たちに取り囲まれて、慶喜の身代わりとなってしまったとか...。

「このような時だからこそ、心と心で付き合いたい強き者がおる。 西郷、お前の熱い心をおれにくれ」

吉之助は改めて深く平身低頭するだけだった。 この時すでに、慶喜から笑みが消えて、氷のような表情の浮かんだことに気づかないまま...。



肝心の京では、ついにあの"八月十八日の政変"、すなわち時代の転換点における激動の荒波が...。


かねてよりの尊王攘夷派である長州藩士たちと"七卿"とされる公家たちは、失意の都落ちへ...。


悲しいかな、いざ突発的に"乱世"となってしまったら、それぞれが抱える"正義"も、急転直下とともに不利に陥ってしまえば、起死回生とともに有利に上回ってしまうもので...。



本来求められるはずの悠久で雅かつ平穏な京の都に想いを馳せながら、じっくりと味わってみようかなあ。


いにしえより京都市中京区西ノ京上合町にて息づく 「京菓子 富久屋」特製の【京菓子 花園 (大) (中) (小) 四季の詰め合わせ】に込められた公家と茶人たちの気持ちとともに...。

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2018-06-15 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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